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だいたい急に挑戦してゴールにたどり着かずに飽きる日々です

2/7 自分の変化に気づく

今日やったこと

フェミニズム活動

久しぶりにむらさきロードのInstagramを投稿した

早いと3月に離婚後の共同親権が改正される可能性があり、差し迫った中の反対活動

署名はもうすぐ5万筆になりそう(推進派は170筆とかだった)

ニュースでは裏金問題ばかり取り上げられているが、共同親権はスルーされがち

国も社会も子供の安全とか幸せとか結構どうでもいいと思っているんだなと感じる

一人でも多くの人に実情を知ってもらい、反対署名に賛同してもらう、これが今できること

Instagramは使い慣れず投稿に時間が掛かってしまう あと好きじゃない

むらさきロードの発信もInstagramが適切なのか考えたいところ。。

(写真/画像を作成する必要があるので私以外に投稿する人が育たない問題)

読書の感想

Instagramの投稿に時間がかかったのであまり進まなかった

今日は「ランダム刺激」を実践した

私は持っている本、パンフレットをランダムに選び開いたページを読み込んで

心に残った言葉を書き出した

 

他人の言葉、思考に触れると新しい発見がある

映画のパンフレットもちゃんと読んでなくて、今日改めて読み感動した

去年から良い映画を観ているなと充実感もあった

今日思っていたこと

体が少し重たい感じがしてテキパキと動けなかった

朝イチでInstagramの投稿をしたからかもしれない

あまり好きじゃないのと、投稿するのが面倒というのが苦しみになっている

一応いいね返し回りもするので他人の投稿に目を通すのもなかなか徒労感がある

(ちゃんと目を通さないと誤った情報、復古主義に繋がる思想にいいねしてしまう可能性があるため)

 

実行委員もSNSを使いこなせない人が大半のため、SNS以外の宣伝方法も探りたい

というより、むらさきロードがフェミ団体の中でどういう立ち位置なのか?を定義するのが先か

 

あとはイライラしていた

これもSNS疲れのせいなのか?他人の弱音や覚悟のなさに苛ついてしまう

苛つくということは自分ができていることなのか、強くあるということと覚悟を決めることは

他人の思考を変えることはできない

だから「ああ、この人は弱音を吐いていたい人なんだ」と思うしかない

私にとって好ましくないのでそういう人を避けてしまうのだろうか

避けてしまっていいのか?とも思う

きっと私も弱音を吐きたいし、覚悟も決めたくない でも生きるためにそうせざるを得ない

だから弱音を吐く人が羨ましいのかもしれない

もちろん弱音を吐いて覚悟を決めないままだと目的は達成できない

目的を達成しなくても生きていける人というのは恵まれている

目的を達成したいと言いながら、達成しない方がその人にとっては成功なんだろうとも思ってしまう

達成しなければ優越感に浸りたい誰かが援助してくれる

絶対に自分を超える存在にならないために承認欲求を満たし豊かな暮らしを与える

長い時間、豊かな生活水準、傷つけられない安全な空間に身を置くことで

もう外の危険な世界でチャレンジできないようにさせる

外に出たとしても傷ついて尻尾を巻いて帰ってくるように調教されてしまっている

復古主義はいつも女に甘く囁く

自分が犠牲者であることに気がついている人もいるかもしれない

私ができることは本人が脱却したいと言った時、手を差し伸べること

脱却させようとなんてしなくていい、女たちは自分がもう若くなくなった時に何も手にできていないことに気づく

残酷なんだ、いつも、知らない間に罪が重なり代償は負わされる

生き方を変えるのは難しい

自立した生き方の美しさを伝えていくことで周りも変わるのかもしれない